「アネモネの名前はねえ、ホントの名前じゃ ないんだよ」 ぎこちない指で上着のボタンを外しながら アネモネはそんなことを言った。  2度目の敗北の後で、なんと彼女は自分で 服を脱ぐと言い出したのだ。  とまどいの隠せない俺に、気を遣ってくれ たらしいが……なんだか、複雑な気分だ。 「アネモネの花ってあるでしょ? 赤や青や むらさき色した、春に咲く綺麗なお花」  彼女の名はその花からもらったのだという。 「あたし、そのころにここへ来たんだ」  明かるかった彼女の瞳が、少し陰った。 「パパもママも、死んじゃったから……」 「!?」  飛行機の事故だったらしい。  墜落から半月。生存者はいないと思われた 矢先、彼女は衰弱しきった姿で発見された。  生死の狭間をさまよったショックか、彼女 は記憶をなくしていたのだという。 「ラッキーだよね? 痛かったり怖かったり したコト、ぜぇーんぶ忘れてるんだもん」  脱いだ上着を放り捨てながら、アネモネは 屈託なく笑った。  が、俺には彼女の本当の気持ちがわかる。 (この子も、俺や麻美と同じだったなんて) 両親に死に別れた点で言えば、俺たち兄妹 とアネモネは同じだった。  ただ決定的に違うのは、彼女はすべての記 憶を失ってしまっているということ。  思い出したくても、思い出せないのだ。 「やだ……お兄ちゃん、暗い顔しないでよ」  帯を解いてズボンを下ろしながら、困った 顔でアネモネが俺に言う。 「アネモネ、幸せだよ。ここのお姉ちゃんた ちは優しいし、ご飯だって美味しいし!」  勝負に勝ったらご褒美のご馳走が待ってる のだと、得意そうに彼女は言う。 「アネモネ、ホントに幸せなんだから!」 ややムキになって、彼女は繰り返した。